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かわら板

伝説多き三池典太の技を受け継ぐ四朗国光
約九百年前(平安時)に活躍した有名な刀匠『三池典太』が福岡の大牟田地方に存在していました。 彼が作った刀の切れ味は、太閤秀吉も驚いたという逸話を始め、畑で昼寝をしていたお百姓さんに突然大蛇が襲いかかり、 近くに置かれていた鉈(なた)が独りでに立ち向い大蛇を追い払ったという。 その鉈を作ったのが三池典太だったという伝説が残されています。 彼が作った刀は現在でも国宝として称えられる程、優れていました。 その三池典太の作刀を理想として掲げた刀鍛冶が江戸期柳河藩御番鍛冶の血を引き継ぐ小宮家(現四郎國光)です。
昭和14年、切れ味日本一の称号を得る
廃藩置県後、四郎國光の名を広める出来事として、昭和14年、刀の切れ味や美しさを競う『全国刀試し切り大会』が開催され、四郎國光も出品し、 当時日本一と評された名刀『虎徹(こてつ)』と共に決勝に進んだ四郎國光は見事優勝し、切れ味日本一の称号を手にしました。 以来名刀四郎國光は全国へ名声が広がるようになりました。 その年、展覧会において最も優れた刀の3振の一つに選ばれ、天皇献上刀として出品しそのあまりの美しさに嶋田海軍大臣が絶賛したという逸話も残されています。 現在、四郎國光は全国的にもめずらしい5人の刀匠を有しています。作風もそれぞれ異なり業界でも注目されている一因です。
品質に妥協なし。大量生産はいたしません。
かつて、あの中山博道博士により名刀『虎鉄(こてつ)』より優れた切れ味であると言わしめた四郎國光。 当時のままに刀づくりはもちろん包丁づくりにも一切の妥協はいたしません。『切れ味他に類なし』が四郎國光の使命と考えています。


切れ味日本一の称号を得た当時の新聞記事
切れ味日本一の称号を得た当時の新聞記事

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